2002 11/1
風呂に入ってふと見ると、
水道の蛇口から水が落ちそうで落ちない状態になってた。
そこに指を付けて、ちょっと離す。

コポコポコポ・・・

水があふれ出す。何か気持ちいい。

コポコポコポ・・・
コポコポコポ・・・



「ちょっと、何してんのよ!」
水道が喋った。
不二子ちゃんっぽい声だった。

「え?何って」

「やめてよ。私で遊ぶの」

なんかムカついたのでもう一度やってやった。
コポコポコポ・・・

「ああっ・・・やめてったら〜」

どうやら気持ちイイらしい。そういうことならもっとやってやる。

コポコポコポ・・・
「あは〜ん・・・」
コポコポコポ・・・
「だめっ!あああ〜ん」
コポコポコポ・・・
「いやーもう許してー!」



まさかこんなことで寝坊したとは会社に言えるはずもなく、
私はまた地底人ネタで上司のお茶を濁すのだった。




2002 11/2
俺は自分の歌に嫌気が差していた。
年に一度のコンサート、今年出場しなかったのは多分俺だけだろう。
くそったれが。俺の同級生ときたら大した実力もないくせに
「俺の歌で女はみんな虜さー」
だと。呆れるね。

しかし誰も彼もが女オンナだ。
もっと歌を愛してる奴はいないのか。
もっと本気で歌おうとは思わないのか。
あんな汚え歌声じゃ誰も振り向いてはくれない。俺もそうだが。

俺は歌が好きだ。歌うために生きているようなもんだ。
そして愛する人がいる。だからこそコンサートには出なかった。
女々しい奴らと一緒になって下手くそな歌を歌うのはゴメンだ。
最高の歌をあの子に聴かせられるようになるまで、俺はここには戻らない。



あれから3ヶ月。
修行の成果を見せるときがやってきた。
今、俺は彼女の家にいる。最高のラブソングを歌い上げるために。

大丈夫だ。何度もやってきたことじゃないか。きっと出来る。
あのつらい修行の日々を思い出せ。

あの子が戻ってきた。心臓が高鳴る。
大丈夫だ俺。あの子の前だからってやることは何も変わらない。
いける。いけるさ!胸を張って歌えばきっと気持ちは伝わる!
よし、いけ!俺!
見せつけてやる!俺の素晴らしい歌声をー!


「ツクツクボーシ!」

「きゃーお母さん!私の部屋になぜか季節はずれのツクツクボーシがっ!!」

「今日子?落ち着いて今日子ー!!」




2002 11/3
会社帰り、
私はいつものように誰もいないバス停でなかなか来ないバスを待っていた。
ふいにぽつりぽつりと雨が降り出し、折りたたみ傘を広げる。

私の人生には小雨がよく似合う。
そんなことを思いながら、
サーッ・・・といういつ終わるか分からない雨音に身を任せる。
ひんやりと冷たい、しかし静かな夕闇があたりを包んでいた。

あたりには木々が鬱蒼と茂り、
明かりといえばこの頭上で寂しく光る街灯しかない。
ひんやりとした風が頬をかすめ、私はぶるっと震えた。

「寒くなったな」
独り言をつぶやき、ジジッ、ジジッと音のする街灯を見上げる。
この街灯のノイズは私にとってやたらと気になる存在だったりする。
嫌いなわけではない。
目立たない街灯が誰かに見てもらいたくてこんな音を出しているのかと思うと、
何とも言えず親近感が湧いてきていつも見上げてしまうのだ。


バス停に着いてから20分も経っただろうか。
こんな田舎だから20分待ちなどは当たり前にある。
気長に待とうじゃないか。急いでもしょうがない。
そう考え、脚の痛みを我慢しながら待っていると、
向こうの方から光が見えてきた。

「やっと来たか」
安堵の溜息と共に道路側へ一歩踏み出した。

風が一層強くなり、私は傘をたたむ。

キキーッ

前方が明るくなる。しかし目を上げると、そこにいつものバスはいなかった。
代わりに、どこかで見たような大きな大きな猫がいた。
猫バスだ。

いきなり猫バスが話しかけてきた。
「おじさん、乗るの?乗らないの?」

「・・・」

「最終だよ?」

おかしい。まだ7時前なのに。
でも本当かも知れない。
猫バスのファンキーなしゃべり方に戸惑いながら、仕方なく乗り込む。
猫バスの中は暖かく、床も壁もフワフワしていて気持ちがいい。
とりあえず奥の座席に座った。ゆっくりとフワフワの座席が沈み込む。
するとまた猫バスが話しかけてきた。
私の知ってる猫バスとはキャラが違うようだ。

「おじさん運がいいね。俺様が飛ばしゃあんたの家まで5分もかかんねぇよ」

「そうなんだ。うれしいね。」

「テンション低いねー!ダメだよそんなんじゃ。もっと明るく生きなきゃ」

「ああ。」

外を見ると、ものすごいスピードで景色が流れていく。
いつもはバスと徒歩で45分はかかる帰り道だが、
本当に5分で着くかも知れない。

「あのさー」
思い切って猫バスに話しかけてみる。

「なに?」

「お金っていくらかかるのかな?」

「ああ。あんたそんなこと心配してたんだ?
 いいよいいよ。ついでだから。俺猫だし」

「ついで?」

「ほら俺様って人気者だから。分かるでしょ?
 待ってる子供がいっぱいいるんだよねー」

「なるほどね」

やっぱりあの猫バスなんだろうか。
しかし・・・。



「ほら。着いたよ」

私の頭の中で猫バスについての議論が始まるか始まらないかのときだった。
景色の怒濤のような流れは止まって、そこには見慣れた家が建っていた。

「ああ。ありがとう。急いでるとこなのに」

「いいっていいって。気にすんな。」

猫バスから降りる。
次の瞬間には猫バスはまたものすごいスピードで走り去っていった。



「あ、傘忘れた」

言ってみたものの、どうしようもないことは分かり切っていた。
今の私には傘などどうでも良かった。

ただ、暖かなフカフカのソファーが、たまらなく欲しくなった。




2002 11/4
朝学校へ行くと、クラスでは今日来るはずの転入生の話題で持ちきりだった。
別に私はそんなことどうだっていい。部活が忙しいし。

「男なんだってー!」

前言撤回。
今まで男っ気が無かったなんてことは無いけど、最近はさっぱり。
あーあ、彼氏欲しい。
でもどうせ彼氏にするなら格好良くてスポーツ万能で明るくて頼りがいがあって
背が高くて二重まぶたで優しくてキスの上手な男がいい。
そんな転入生だったらいいのに。

キーン コーン カーン コーン

ホームルーム開始のチャイムが鳴った。先生が入ってくる。

「えー、今日は転入生を紹介する。堀田君!」
ザワザワ・・・

ガラッ

転入生が入ってきた・・・ようだった。
見えない。なんだ?

「今日から一緒に勉強することになった堀田君だ。」
中腰になって必死に見てみると、いた。小さい。小さすぎる。っていうか

キツネだ。



「堀田君、自己紹介を。」

言われるとキツネは教壇の上にピョンと飛び乗り、
両手でチョークを持ってなにやら文字を書きはじめた。
なんて書くんだろ。しかし下手な字・・・なになに?

「ほった」

キツネは書き終わるとチョークを置いて丁寧におじぎをした。
その仕草がちょっとかわいい。


風がぴゅーっとふいて、カーテンがふわりと揺れる。
寒くなってきた。窓、閉めよ。




2002 11/6
朝ごはんを買おうと思ってコンビニに入った。
軽めの弁当を選んでレジに持っていく。

「温めますか?」
「あ、お願いします。」

いつものやりとりを済ませ、雑誌をペラペラめくりながら待っていると
また一人客が入ってきた。

「いらっしゃいま・・・せ。」

店員の動揺がここまで伝わってくる。
なんだろ?と思ってさっき入ってきた客の方に目をやると、

侍がいた。

頭のブラジャーがやたらと気になる。


侍は自分の格好のへんてこさが分かっていないのか、
堂々とした足取りでおにぎりを2つ選びレジへと向かう。
しかしレジの前に来た途端、侍の様子が一変。なんか顔が赤い。

「お、おねがいしますっ!」

全然侍っぽくないしゃべり方だ。
レジのお姉さんも動揺を隠しきれず、ちょっと引きつった笑いでたずねた。
「あのぅ・・・温めますかぁ?」

いやいや、おにぎりだし。

「は、はいっ!お、おねがいしますっ!」
温めるのかよ。変な奴。

ちょうどそのとき、私の弁当が入ってるレンジがチン!と鳴った。
否応なしに変な空気漂うレジへ。弁当を受け取る。
ちらりと横目で見ると、侍の視線はレジのお姉さんに向かって一直線。

なるほどねー。



外に出ると風がやたらと強い。
目を細めながらつぶやいてみた。

「がんばれ、侍。」

また会えるかな?
そんなことを考えながら、車の中でチャーハンを頬ばった。




2002 11/7
お腹すいた。
キッチンで夕飯の準備をしているはずの母のところへ夕飯を急かしに行く。

「お母さん、晩ご飯まだ?」

でもキッチンにはいくつかの野菜が切って置いてあるだけで、母はいなかった。
どこだろ?と思って家の中を探しに行こうとしたとき、声が聞こえた。

聞き慣れた母の声だ。でもやけに小さい。
とりあえず声のする方向に向かって歩いていくと、
切りかけの野菜達の中に混じって真新しいスポンジを見つけた。
ここからだ。声がするのは。そう思ってもう一度呼んでみる。

「お母さん?」
「なに?」

そりゃスポンジの中に入ってたら声も小さい。


「あのさ、晩ご飯まだ?」
「もうちょっと待ってなさい。」

いや、あんたスポンジの中だし。腹立つ。腹減ってんのに。

「で、なんでそんなとこにいんの?」
「気持ちいいから。」

しょうがない親だ。まったく。

いつ終わるのか分からない母の気まぐれに付き合ってはいられない。
私は包丁を手に取り、恐らくめちゃくちゃ小さな母に囁く。

「今日は私が晩ご飯作ったげるよ。」
「ホントに?助かるわー!」

言ってはみたものの、料理なんてしたことがない。
トン、トン、トン、と不器用に包丁を振り下ろしてみる。
その数十秒後、受話器を持ってピザ屋に電話をかける私がいた。

お母さん、いつもありがとう。だから早く出てこい。1600円が惜しくなければ。




2002 11/8
トイレに入ってチャックを降ろす。なんか便器の水がコポッとなった気がした。
まあいいか。気にせず用を足そうとすると、ゴボゴボゴボッ・・・。
なんだ?中で何かつまってるのか?
首をかしげていると、貯水槽のふたがいきなりカパッと開いた。

「おい」

なんだ。便器が喋ってるのか。便器が喋ってるのか!!

「おいったら」

「はぁ」

「お前のアレさ、すげぇ小っちぇーのな。しかも微妙に右曲がりだし。」
ゴボゴボゴボッ・・・。

笑ってやがる。

こういった輩は無視するに限る。無視無視。
ちょっと縮こまったジュニアを支えながら、かまわずに用を足そうとする私。
しかし便器のカンに触ったのか、バタンとふたが閉まって用が足せない。

「この便器野郎・・・」

「便器って言うな。」

「開けろ。修理屋呼ぶぞ?」

「・・・。」

「そんでもって新しい便器にしてもらおう。お前みたいな旧式じゃな・・・」
バタン

ふたが開いた。何故だろう?
修理屋が嫌だったのか取り替えられるのが嫌だったのか。
ま、いいか。また何かこいつが言ってきたらこの手でいこう。

その前に、とりあえず用を足そう。




2002 11/9
クラスで席替えがあった。あーやだやだ。
なんで松元君の隣なんかになったんだろ。

別に松元君は嫌な奴じゃない。
給食の嫌いなおかずも食べてくれたりするし、人の悪口も言わない。
スカートめくりもしないし、授業中に誰かの邪魔をしたりもしない。
おとなしいし友達少ないみたいだけど、実はとってもお笑い好きだったり。


でも隣はやだ。
だって松元君、キノコなんだもん。

また胞子だよ。あーやだやだ。




2002 11/10
最近特に寒い。
寒いから昨日出したコタツに足をつっこんでぼーっとテレビを見ていた。
そしたら不意に玄関のチャイムが鳴った。

「はい。どちら様?」
おー寒い。震えそうだ。早くコタツへ戻りたい。

「宅急便です!印鑑かサインをお願いします!」

すごい元気だ。どうやったらあんな声が出るんだろ。こんな寒いのに。

ドアを開けると、少年のように背の低い男の人が立っていた。満面の笑みで。
なんかうざったい。

「ここに印鑑かサインを!」

「あーはいはい。分かったからそのデカい声やめてよ。」

「大きい声を出すと元気が出ますよ!」

そんなことどうでもいいんだよチビ。もういいや。早く帰ってもらおう。

「はいサイン。」

「ありがとうございましたー!!」



耳がキンキンする。なんだったんだあいつ?
ドアを閉めるなりコタツに戻り、大きく溜息をつく。
それから届いた荷物を眺めてみた。

差出人の名前が無い。なんでだろ?しかもやたらと軽い。
振ってみる。音もしない。もしかして空っぽか?不審に思いながらも開けてみた。


「?」
入っていたのは赤く染まったモミジが一枚。
いたずらか?でもいたずらにしては面白くない。宅急便まで使って。
訳が分からないけど、とりあえずそのモミジを手に取ってみる。

あったかい。
そう感じた瞬間、なんだかポカポカしてきて、コタツから足を抜いた。


そして私はちょっぴり心地良い涼しさを感じながら、読みかけの本を広げた。




2002 11/11
夜、道を歩いていたら電信柱のすぐそばにスーツを着た占い師がいた。
占いをするときの格好じゃない。
奇妙だったけど、たまには占われるのもいいかと思った。

「あの、占ってもらえます?」

白髪混じりの占い師はこちらをじろりと見てゆっくりと言った。

「ファイナルアンサー?」

いきなり占い師に尋ねられた。初めての経験だ。
とりあえず答えとこう。

「ファイナルアンサー」

ダダーーーン!

音有りかよ。
しかもなかなか次の言葉が出てこない。

10秒くらいたっただろうか。
まだか?イライラする。

「正解!」

何が正解なんだ?だが少しホッとした。

この占い師は態度がでかい。体を半身にして座っている。
相変わらずその姿勢を崩すことなく、彼は虫眼鏡を取り出した。

「じゃ手相を見るから手を出して」

占いっぽくなってきた。それでいいんだよ。勿体付けやがって。
占い師は私の手を取り、何やら色々と思惑を巡らしているようだった。
そしてコトリと虫眼鏡を置くと、彼はまた話し始めた。

「奥さん。」
いや俺奥さんじゃないし。まあいいや。

「奥さんの生命線、すっごく長いよー。長生きしそうだねー」
なんだその口調は。とはいえ、生命線が長いのか。いいことだ。


「第2問目」
あるんだ?

タラリラリラリラリーン♪
やっぱり音もあるんだ?


「突然ふらりとやってきた謎のサラリーマン風の男。
 その生命線によると、彼の寿命は約何年?」

微妙な問題出すな。

「A、70年    B、80年    C、90年    D、100年」

難しい。しかし今の時代、70歳では長生きとは言えない。
となると、残るは3つか・・・。
というかこんなの最後は勘に頼るしかないのだが。
などと考える私に邪魔が入る。

「ゆっくり考えていいんですよー。時間はたっぷりあります」

だから最後は勘だって。ムカつくな。
しかし、いざ決めるとなると迷う。一体どれなんだ?



「ライフライン、使いますか?」

「・・・なに?」

「ライフライン。」

「だからさ・・・」

「テレフォン、オーディエンス、50%50の三つが残ってます。」

「えーと、じゃテレ・・・」


ちょっと待て。危うくテレフォンって言うところだった。
テレフォンって誰にテレフォンするんだ?
しかもオーディエンスって何だ?

そして一番問題なのは、俺がこんなことで悩んでることだ。
どうでもいいから早く帰ろう。

「ライフラインはいいや。90年で。」

「C、90年。ファイナルアンサー?」

「ファイナルアンサー。」

ダダーーーン!
ムカつく・・・。






早く答えろ。クソ長い間取りやがって。



「お見事!」
うわー・・・。




2002 11/13
ざわわ  ざわわ  ざわわ

風が通り抜けるだけの、広い広いサトウキビ畑。
そのそばを犬と散歩していると、フルートの音が聞こえた。

明日は村の中学校の音楽会。その練習だろうか。
そう思って音のする方へ近づいていくと、ちょうど中学生くらいの男の子がいた。
きれいなフルートから、聴いたことがないような美しいメロディーが流れる。

私に気付いたのか、
男の子はキリのいいところで演奏をやめ、ふぅと軽く息をついた。
彼のそばまで行き、私から話しかけてみる。

「音楽会の練習?」

「いえ。」

「じゃなんで練習してるの?」

「練習ではないのです。今日が僕の音楽会なのです。」

「お客さんは?」

「父です。」


ざわわ  ざわわ


「私も聴いてていい?」

「どうぞ。ただ僕は犬が苦手なので・・・。」

犬を少し離したところに座らせ、私はフルートの輝きにうっとりしながら聴く。
流れ始めるメロディーは少しもの悲しく、そして美しかった。


ざわわ  ざわわ  ざわわ

それでも広いサトウキビ畑には、やっぱり風が通り抜けるだけだった。




2002 11/16
散歩をしてたら、見かけない張り紙を見つけた。

『近道はコチラ』

どこへの近道だ?と思って行ってみる。

砂利道を3分ほど歩いただろうか。
着いた先は雑草だらけの、薄暗いただの行き止まりだった。
肩をすくめて立ち去ろうとする私。
しかし後ろから誰かに声をかけられて立ち止まった。

「姉ちゃん」

「?」

「ここだよ。ここ。」

見ると、リスくらいの小さな動物がこっちを見つめて立っている。
全身が異様に白くてラッコみたいな顔。でもあんまり可愛くない。

「ようこそ。」
ふんぞり返って言うセリフじゃない。

「あなたは誰?」

「神。」

「え?」

「いやだからさ、神だって。」

「じゃここは?」

「天国。」


酔っぱらいにからまれたときって多分こんな感じだろうなー。



「姉ちゃんさ、願い事無い?」

「願い事?」

「出来るだけ楽なやつな。」


なんだそれ。脱力臭がムンムン漂ってる。


「じゃいちごポッキー100本。」

「いや俺は良いけどさ・・・。」
鼻で笑いながらラッコもどきが言う。

「出せないんでしょ本当は。」

「お前さ、礼儀がなってないんじゃない?俺神だよ?そんなんじゃろくな大学に・・・   あ、おい帰ってんじゃねーよ!」



無視して今来た道を引き返す私に、いちごポッキーが容赦なく降り注いだ。




2002 11/18
私の部屋に米軍がいる。ライフル持って。
安全なのは分かってる。弾入ってないし。
でも米軍、とりあえずいつも何かを狙ってるフリをしてる。

今日だって私が友達と遊びに行くから出てけって言ったのに
「イヤ、狙ッテルカラ」

だから何をだ?
訊いても絶対答えてくれない。そんな口の堅い米軍。
仕方ないから許してやった。


私が帰ってきたときも、米軍はやっぱり同じ姿勢で窓の外の何かを狙ってた。
それにしても、いつまで居るつもりなんだろ。
そう思って声をかけてみる。

「なあ」

「ウン?」
米軍は簡単にこっちを振り向く。狙ってんじゃないのか?よそ見するな。

「何か食べたか?」

「オムライス。」

台所に行くと流しにフライパンが汚れたまま置いてあった。
料理できるのか。でも料理してる場合か?


「お前さ、いつまでいんの?」

「ニンム、オワルマデ。」

「任務って?」

米軍はやっぱり答えてくれない。



コートを脱いでリビングへ行き、缶ビールを開ける。

プシュっと小気味良い音が響き、
私は溜息混じりに今日最後の任務を遂行した。




2002 11/20
私はいつものように会社への道を急いでいた。
すると、何かが不意に足を捕んだ。

またか。いい加減にしろ。憤りを感じながら下を見ると、いた。
おもむろに携帯を取り出し、会社へ電話をかける。

「もしもし。おはようございます。」

「・・・またか?」

「そうなんです。申し訳ございません。今後は気を付け・・・」

ブツッ  ツー ツー ツー

やってられない。なんで私が謝らないといけないんだ?
言ってやる。今日こそは言ってやる。


「おい、地底人。」

「はい。」

「はいじゃねーよ。足離せ。こっち来い。いいから来い。」
人気の無い路地裏へ向かう。

「お前のせいでこっちは迷惑してんだよ。いきなり人の足掴むのやめろ。」

「・・・しかしですね・・・」

「しかしもクソもあるか。とりあえずそこから出ろ。喋りにくいんだよ。」

地底人はズブズブと気色悪い音と共に地面から体を現す。
いつも手しか見せないから分からなかったけど、かなりデカイ。
ちょっとだけビビったけど、それを見せたらナメられる。
ポーカーフェイスだポーカーフェイス。

「これから会社行くから。お前も来い。そんで謝れ。」

「はぁ。」

「反省の色が見えないな。お前ホントに悪いとか思ってんの?」

「それはもう。」

「じゃ少しは反省の色見せろ。色変えてんじゃねーよ!」



意外に腰が低かったけど、地底人はやっぱりムカつく。




2002 11/21
ミカンをむいたら、中から何かがはい出てくる。
何だろうと思ってよく見ると、ちっちゃいおじさんだった。

どうやらサラリーマンのようだ。めちゃくちゃ急いでる。
私に気付くと、おじさんは精一杯のスマイルでその場を取り繕った。
ミカンまみれであんまりキレイじゃない。

そしておじさんはミカンから出ると、トトトトッと走ってドアへと向かって行く。
その後ろ姿を見ながら、ちょっと母を真似して言ってみた。

「ネクタイ曲がってるわよ?」

ミカンは微妙にオヤジ臭かった。




2002 11/23
クソ面白くも無く、惰性で続けているサークルのために日曜日がつぶれる。
あーアホらし。

寒空の下、コートで体を覆いバイクの元へ向かう。
今日も青空が忌々しい。
いつもの方向へバイクを向け、キーを差し込む。
しかしその瞬間、後ろに何かの気配を感じて振り返った。

犬だ。
真っ白な犬が後ろのシートに座っていた。

白い体に黒い大きなサングラスが異様に似合う。
どこでどうやって手に入れたのか、革ジャンまで着てる。
背中にはデカデカと「犬」という刺繍。
そして下の方に小さく「一流」。

ヤバい。こいつただ者じゃない。


動揺が伝わったのか、犬はフン、と鼻で笑った。
一流としての挨拶か。
そんな犬になぜか少し可愛さを感じて、言ってやった。

「行くか。」


犬のしっぽが一直線に、晴れ渡った空に向かう。
エンジンを思いっきり吹かし、いつもと逆の方向へ体を傾けて走り出した。




2002 11/26
押し入れの幽霊がうるさい。毎日毎日、皿を数えてる。
前にも一度注意しようとしたけど、どうしようもなく寂しげな顔に負けた。
でもやっぱりうるさい。

彼女は決まって深夜に起きて皿を数える。これがたまらない。
数えるなら昼間にしてくれ。
声は聞こえないけど皿のカチャッ、カチャッという音が耳障りで眠れやしない。
そろそろ大学の単位もヤバいってのに。

彼女にはかわいそうだが自分の生活の方が大切だ。今日はビシッと言おう。



午前2時。そろそろ彼女が起きる時間だ。
そう思ってしばらくすると、いつものようにカチャカチャと皿の音がしてきた。

よし、行こう。大丈夫。ただ「うるさい」って言うだけだ。
相手は幽霊だけど気にしない。なんとかなる。

ガラッ

「ちょっとさ、うるさ・・・」

九千九百八十一・・・

パタン


もうちょっと待ってやろう。大丈夫。もうちょっとだ。




2002 11/27
電車を降りて歩いていると、一組のカップルがいた。
二人とも社会人のようだ。やけにイチャイチャしてる。
駅のエレベータを降りてるときなんか顔をこーんな近づけて。

なんだか羨ましくて、ずっと後ろから二人を見ていた。
でもなんだか違和感がある。何だろうと思ってよく見ると、
女の人のお尻から毛がフサフサした尻尾が生えていた。

男の人が話しかける。
「なぁ、今日の帰り、どこ行く?」

尻尾がぴょこっと跳ねる。

「うーんとねー、たまには中華もいいかなー。」

「お前ギョウザ好きだもんな。」

言われると女の人は尻尾をブルンブルン振った。
相当好きそうだ。


私にも尻尾があったら素敵な彼が見つかるかなー?
そんなことを思いながら、いつもの改札を抜けた。




2002 11/28
用事があったので久しぶりに郵便局へ行った。
それにしても寒い。風も強いし。
少し早足で歩きながら郵便局の前まで行くと、
いつもの人気のない風景が目に入った。
中へ入ると、ぶわーっと迫るあったかい空気に包まれて、私はほっと一息ついた。

カウンターの前まで行き、荷物を置く。

「あの、これお願いします。」

言った後で何気なく前を見ると、何か縞模様の局員が座っていた。
猫だ。
猫の公務員がいた。しかも見回すとみんな猫だ。

「あ、えーと、やっぱいいです。」
猫なんか信用できない。

でも猫公務員は私の言葉が聞こえなかったかのように、
荷物を自分の方へ引き寄せた。

「送るニャ。」

「いや、だから・・・」

「送るニャ。」

「いやホントいいから。荷物離せって。足形付けんなって。」

そう言った途端、窓という窓が全部閉まり、カーテンが引かれ、電気が消えた。
真っ暗な中、猫の目だけが異様に光る。

「送るニャ。」

はっきり言って怖い。猫ってこんな怖い動物だったのか。
本気ってやっぱすごい。

「お、お願いします。」

いつの間にか電気は点いていた。
私は震えながら料金を払って郵便局を後にする。

でも荷物に付けられた足形は、やっぱり気になった。