2002 12/2
「これすっごく効くから。」

一週間で30キロのダイエットに成功した友達から何かの粉をもらった。
ダイエットなんてしたこと無いしあんまり関心も無かったけど、
こんな痩せられるなら試してみよう。

もらった粉はサラサラしててちょっと黄色がかってて砂みたいだ。
早速試してみる。
言われたようにオブラートに包んで口に放り込んだ。


数秒後。なんかもう効果が出てきた。
お腹が引っ込んできて体が軽く感じる。
こりゃすごい。


数分経ったけど、まだ止まらない。どんどん体重が減ってく。
鏡を見たらスーパーモデル並みのプロポーションになってた。
でも胸が全く無い。悲しい。


そろそろマジでやばい。水分が無くなってきてる。
とりあえずお風呂に入ろう。
そう思って椅子から立ち上がると、脚がポキッと2つに折れた。
枯れ枝みたいだった。




2002 12/3
久しぶりにマエストロに会いに行った。ヴァイオリンを持って。

町の外れ、こんもりした丘の家にマエストロは住んでいる。
その丘は冬でも草木の匂いがして、
いつでもゆらゆらと風が吹いて気持ちがいい。

不意に風の流れが変わり、私は足を止める。
彼の指揮は今でも変わらず荘厳だ。
タクトを振る姿を思い浮かべて歩き出した。


しばらくすると、やたらでっかい家が見えてきた。
この丘には家は一軒しか無い。
人間嫌いのマエストロが30年前に建てた家だ。

扉の前まで行くと風が止んだ。
オーケストラをやめてから、彼は決して人前で指揮を見せなかった。
実を言うと私も彼が指揮している姿を見たことは一度しか無い。
最後のコンサート。
「木星」 一番のお気に入りの一曲が終わると彼はすたすたと指揮台から降り、
そして二度とそこへ上がることは無かった。



「お入り。」

中から声が聞こえて私の回想は幕を閉じた。
扉を開ける。暖炉から生まれた暖かい空気が迎えてくれた。

「こんにちは。マエストロ。」

暖炉のこちら側、向こうを向いてソファーに座っている老人がマエストロだ。
彼は振り向きもせず、人差し指を天井へ突き立てた。
暖炉の火がぼうっと燃え上がる。私はあわてて扉を閉めた。

「そう呼ぶ者はもういない。君だけだ。」

「一度私の町へ来てください。」
ソファーに腰掛けて精一杯の社交辞令を投げかけてみる。
案の定、彼は答えずにじっと目を閉じているだけだった。


「君が前に来たのは、確か夏だったかな。」

「季節によって音が変わるって。」

「私の言葉だ。」

「ええ。」

いつもの沈黙が流れる。暖炉のパチパチという音が間を持たせていた。


長い沈黙を破るのはいつも私の役目だ。

「ヴァイオリンを持ってきたんです。」
そう言ってケースを開けた。
彼はやっと目を開け、手入れの行き届いたヴァイオリンを見ると少し微笑み、
「外へ。」
とつぶやいた。
私はヴァイオリンを持って外へと向かう。
でもマエストロはじっとソファーに座って動こうとしない。
仕方なく家の階段に腰掛け、彼の好きな「木星」を弾き始めた。

寂しげにヴァイオリンの音が吸い込まれてゆく。
そこへいつからか風が吹き、木々がザワザワ揺れ、枯れ葉がサラサラと舞う。
それはまるでオーケストラのように。

指揮者の見えないオーケストラ。
「オーケストラには必ずしも指揮者は必要ではない。」
いつかきいた彼の言葉が思い出される。

しょうがないからマエストロの真似をして、目を閉じてみた。




2002 12/5
朝、雨上がりの道を歩いていると、道ばたに大きな石が転がってた。
昨日までは見たこと無かったのに。
不思議に思って見ていると、なんか石が動いた。片側が異様に反り返る。

それを見て初めて気が付いた。違う。石じゃない。
アザラシだ。
どこかで見たようなアザラシが背伸びをしていた。

(なんでこんなところにアザラシがいるんだろ?)
疑問に包まれる私と灰色のアザラシ。そのコントラストがなんか可笑しい。
そう思った瞬間だった。
アザラシは元の姿勢に戻り、ものすごいスピードでこっちを振り向く。

しまった。目が合ってしまった。


「流行ってさ・・・」
話しかけてくる。ヤバい。逃げられない。

「長くは続かないもんなんだよね。」

「・・・」

「ニュース、見てる?」

「・・・うん。」

「僕、出てる?」

「・・・えっと・・・」

「いや、いいんだよ。別に慰めてくれなくても。」
そう言ってアザラシは仰向けにひっくり返り、お腹をポリポリ掻いた。

「今の僕、かわいい?」

「うん。」

「マジで?」

「マジで。」


それを聞いて満足したのか、アザラシはまた石のようにひっくり返った。
早朝の雨に濡れた道が、少しずつ乾きかけていた。




2002 12/7
家でコーヒー飲みながらTVを見てたら電話が鳴った。

「はい。」

「あ、もしもし。こちら詐欺師と申しますけれども。」

「え?」

「詐欺師です。」

「えと、何のご用でしょうか?」

「いい商品がありまして。
 なんと詐欺師からの電話をシャットダウンできるという御札のご紹介を。」

「結構です。」

「結構ご好評いただいている商品ですよ。」

「間に合ってます。」

「でもほら、今奥さん誰とお話しですか?」

「詐欺師。」

「御札を貼れば完璧にシャットダウンできます。」

「・・・・・。」

「奥さん?」

ガチャッ



ちょっと「ください」って言っちゃいそうで怖かった。
またかけてくるかも知れない。御札、貼ってないから。




2002 12/8
私が担任するクラスの生徒が問題を起こした。
ケンカで他校の生徒を病院送りにしたそうだ。

教師なんて職業をやってるとこんなことはよくあることなのかも知れないが、
今回の彼は前にも同じようなことをしている。
たまには厳しく注意してやらなければ。

って言われた。

やだなぁー。怖いし。
最近の高校生ってスタンガンとか持ってるっていうし。
けど何もしないわけにもいかない。
ちょっとドキドキしながら謹慎中の彼の家へ向かった。


「あら先生。わざわざすいません。またうちの子がご迷惑を。」

「いえいえ。ところで・・・」

「あれから自分の部屋にこもりっきりですの。」


人の良さそうなお母さんに案内されて、私は彼の部屋のドアを叩く。

「小林、いる?」

「どぞ。」

意外にも彼は素直にドアを開けた。
中にはいると、普通の男の子の無表情な部屋が迎えてくれた。
彼はというと、これもまた普通の男の子のようにあぐらをかいてゲーム中。
さて、どう話を切り出そう。

「小林、あんた来年は受験生なんだしさ・・・」

「すいませんでしたぁーっ!!」

私が注意するといつも無視するか逆ギレするかしかしなかった彼が、
今日は何故かやたらと素直に謝ってきた。
しかも床に頭をこすり付けて土下座してる。
こういうときはなんて言えばいいんだろ?

途方に暮れていると、ワサワサという音と共に彼の体が変化していった。
最初のうちは何になろうとしているのかよく分からなかったけど、
時間が経つにつれて変化が落ち着いてくる。
彼は確かに、植物へと自分の身体を変化させていた。

やがて葉を生い茂らせた彼のちょうど頭の部分から
大きなピンクの花が勢いよくポンと開き、
それを見つめる私はただこう呟くことしかできなかった。

「ボタンだ。」




2002 12/12
なんだかんだ言ってもやっぱり冬は肉まんに限る。
凍りかけた道を歩きながらコンビニで買った肉まんを手にとってそう思った。
私のこだわりはパカッと2つに割って食べること。
まずは湯気を楽しむ。いや、湯気すらも愛しい。

私の隣で友達のユイはフランクフルトをかじってる。
「何故にフランクフルト?」
ってきいたら
「へ?おいしいから。」

あーもうバカ。
なんであの至福の時を味わおうとしないんだろ。
憤りを感じるけどこんなことで肉まんが冷めてしまうのはもったいなさすぎる。
そう思って目の前の肉まんにかぶりつこうとした。


ドーン ドーン

「何か言った?」

「あ、ううん。なんでもないよ。」
まずい。どうしよう。

気を取り直してもう一度口を開ける。


ドンドンドン・・・

「なんか鳴ってる?」

「き、気のせいじゃない?」
こりゃいつもより激しそうだ。でも肉まんを諦めるわけにもいかない。
一気に食べたら大丈夫かも知れない。
私は腹を決めて、2つに割った肉まんを両方つかみ、大きく口を開けた。


ドンガドンガドンガドンガ カッカカッカカッカカッカ
ドンガドンガドンガドンガ カッカカッカカッカカッカ
ドン!

バクッ

しまった。予想以上の盛り上がりようだ。くそ。絶対ユイにバレたよー。
案の定、彼女はこっちをかなり不思議そうな顔で見てる。
友達やめるとか言われたらどうしよう。
やだよ。舌鼓で友達無くすなんて。




2002 12/15
10ヶ月振りの雪が降った。5cmの積雪だ。
おかげで明日は学校休み。それはいいけど家から出られないのはつらい。


私の町では雪が積もると「ゆっこり」を降らせる。たとえ5cmだろうと。
夏を越えたゆっこりは天然の雪に触れないと死んじゃう。
だから降らせる。

ゆっこりは雪を集めて雪だるまを作る。ただそれだけ。
ただそれだけだけど、みんなそれで癒される。
ゆっこりの作る雪だるまは人間が作るよりずーっとかわいいから。

ゆっこりは臭い。やってられないほど臭いから、みんな外に出られない。
でもみんなゆっこりが好き。
ゆっこりが行った後はとっても空気が綺麗になるから。


今日のニュースはきっとゆっこりばかりだ。
あさって、私はきっと雪だるまだらけの道を歩いて学校へ行く。

わくわく。




2002 12/21
電車に乗ってたら不思議な音が聞こえてきた。

ぷぅー  ぱちん  ぷぅー  ぱちん

なんだろうと思ってみてみると右隣にハニワが座ってた。
口の丸い穴から風船がぷぅーっと膨れてぱちんと弾ける。
それで ぷぅー  ぱちん


ハニワっていつも眠そう。でも眠ってるハニワに出会ったのは初めてだ。

「毎日何時間寝てるの?」
ってききたい。でもきけない。
こんなチャンス滅多にないのに。でも起こすのも悪い気がする。
実は怖いハニワだったら嫌だし。

ぷぅー  ぱちん  ぷぅー  ぱちん

あと2駅で私の降りる駅に着く。
ハニワ、起きないかなぁ。




2002 12/25
昨日の夜、予想はしてたけどサンタが来た。

いつの間にか私の枕元に立ってて何やらごそごそ。
プレゼントを選んでるようだけどなかなか見つからないようだ。
そりゃそうだ。真っ暗だもん。

しばらくごそごそしてたけど、サンタは諦めて外に出た。
でもすぐ戻ってきて、連れてきた何かに向かって小声でしゃべる。

「おい。」

「なに?」

「いや、なに?じゃねーし。照らせ。」

「は?」

「暗いから照らせって。」

「俺の鼻そういう風に使うのやめてくんない?」

「ごめんって。今だけ。な?吉牛おごるから。」


‘チッ’と舌打ちが聞こえて、それからあたりがぼーっと赤く光る。
サンタはまたごそごそやって、それからコトリと枕元に何か置いた。

「なぁ、サンタよ。」

「ん?」

「お前またそうやってさ、そんなにお礼の言葉が欲しいわけ?」

「なにが悪いよ?」

「小っちぇーな。」

「うるさいって。畜生のくせに。行くぞ。」


ぱたんとドアが閉まってサンタは出て行った。
私は彼等の最後の会話が気になって電気を点け、プレゼントを見てみた。
小さい箱に何か文字が書いてある。


santa77@docomo.ne.jp


サンタ、ドコモ使ってた。
カメラ付きだろうか。それが気になってそれからなかなか眠れなかった。




2002 12/28
年末だし大掃除でもしよう。

一人暮らしの大掃除はかなり空しいものがあるけど、やり出すと止まらない。
一通りの片づけは終わって後は掃除機をかけるだけ。

一週間振りくらいに掃除機を引っぱり出し、コンセントを挿した。その途端、


「Yeah・・・電気キター!!!」


ビクッとして振り向くと掃除機が首(?)をうねうねさせながら騒いでいた。

「お姉さんお姉さん。」

「何?」

「お姉さんって化粧取ると顔、違うのね!ブヒャヒャヒャヒャーッ!!
 ちょっと待って!コンセント抜かないでッ!
 でも、あっそこっ!その銀色の部分がちょっと見えてるくらいのっ・・・
 そこで止めといて!甘挿ししといて!あーサイコー!甘挿しイイッ!」

「用件は?」
早く終わらせよう。こんな電波な奴に付き合ってられない。

「お姉さん今日何食った?」

「ご飯のこと?」

「そう。」

「今日はシチューだったけど。それがどうかした?」

「俺ってばさ、いつもゴミしか食わせてもらえないよね。」

「あんた掃除機じゃん。」

「掃除機とかそういうこと言っちゃダメ。」

「・・・」

「つまり何が言いたいかって言うとさ・・・」

「食べたいんでしょ?」

「キター!熱いねぇお姉さん!」


早く電波掃除機との会話を終わらせたい一心でシチューを皿に盛る。
一体何してんだろ私。

持っていくと掃除機は少し申し訳なさそうに言った。
「あの、この先っぽ抜いてもらいたいんですが・・・。」

食べにくいらしい。そりゃそうだろうな。

言う通りに先を抜いて電源を入れる。
ズボズボッとやたらに大きな音を立てながら掃除機がシチューを吸い込む。
なんか異様な光景だ。

シチューを一瞬で食べ終わり電源を切ると、
またあのテンションで掃除機が喋りだした。

「うめぇ!こんなうめぇもん食ってんのかよ人間はよ!くそー。」

「何か言うことは?」

「次は何だ?
 ああっ!甘挿しにしといてッ!ごめんなさい!!」

「言うことあるだろ?」

「ありがとう。」

「よし。じゃこれから掃除するから。ちゃんと働くように。」

「分かった。見せてやるぜ。俺の圧倒的パワーをよ!」

「いや、普通でいいから。」


掃除が終わった後、はじめてコンセントのケーブルが一回で巻き取れた。
たまにはおいしいものでも食べさせてやろう。そう思った。