2003 1/1
久し振りに親戚のミサコさんが家に来た。 今年から小学生になる息子のマコト君も一緒だ。 「明けましておめでとうございます。今年もよろしく。」 「明けましておめでとうございます。来年は受験ね。頑張って。」 「言わないでよー。」 ミサコさんは綺麗だし勉強もよくできた。ちょっとプレッシャー。 マコト君にも新年の挨拶をする。 「マコト君、あけおめー。」 「でと!」 マコト君、うちのお母さんにも「でと!」って言ってた。流行ってるんだろうか。 私も小さく「でと。」って言ってみた。 うん。今年はこれでいこう。 2003 1/2 缶コーヒーを買いに外に出た。思ったよりかなり寒い。 歩いてると人気のない路地の方からかすかに叫び声が聞こえてきた。 新年早々事件だろうか。興味津々で声のした方へと行ってみる。 叫び声がだんだんと大きくなっていく。なんだろ? 突き当たりで男2人が女の人を襲ってた。 見たのがバレたら絶対ヤバい。怖いので影からそっと見守る。 新年レイプだ。 響きがいい。ちょっと吹き出しそうになるのを必死でこらえた。 細い細い路地を風がぴゅーっと進んでくる。寒い。 忘れてた。缶コーヒーだ。早くコタツであったまろう。 缶コーヒーを買って帰る途中、気が付いた。 新年レイプより元旦レイプの方が響きがいい。私的に。 どうせなら昨日やればよかったのに。あの男2人。 あの路地を通りかかったけど、叫び声はもう聞こえなかった。 2003 1/4 今年最初の買い出しにスーパーに出かけた。 スーパーへの道のりはすごい坂道になっているから自転車が使えない。 近くて遠い道のりを毎回ヒーヒー言いながら上っていく。 坂道に立ち並ぶ家の前におばあさんが座っていた。 この町ではそこそこ有名なクッキーおばあさんだ。 おばあさん、毎日クッキーを焼いては道行く人に配っている。 もっとも、クッキーをもらう人なんて数少ないわけだけど。 「お嬢ちゃん、クッキーはいかが?」 前を通りかかると、いつものようにおばあさんが声をかけてくる。 ホットミルクでもあったらいいのに。そしたら口の中がワサワサしなくてすむ。 ホントはクッキーなんていらないけど、 みんなに断られてるおばあさんを見てると断れない。 「ありがと。」 おばあさんのしわくちゃの手からまだほんのり温かいクッキーを受け取る。 そうして、「なんで毎日クッキーなんか焼いてるの?」って尋ねるかわりに 「あんまり無理しないでね。」 笑顔で頷くおばあさんを通り過ぎ、私はクッキーをかじる。 思った通り口の中がワサワサしてむずがゆい。 でも、ちょっぴり温かい。 白い息をほぉーっと吐いて、小さく見えてきたスーパーへ向かった。 2003 1/7 夜中、のどが渇いたからコーラを飲みに台所へ行った。 冷蔵庫を開けて大好物のコーラを取り出す。 コーラがちょっと泡立ってた。 不思議だ。しかもふたを開けるとパシャパシャ音がする。 のぞき込むと、ちっちゃいおじさんが中で泳いでた。 パシャパシャ おじさんが泳いだ後にはぽこぽこと泡が立つ。 おじさん、ちょっと首をかしげる。自分の泳ぎに満足してないみたいだ。 パシャパシャ ぽこぽこ そうしてちっちゃいおじさんはどこから持ってきたのか、 ちっちゃい浮き輪につかまって考える。 よっぽど調子が悪いんだろう。 邪魔しちゃ悪い。そう思ってふたを閉めようとしたとき、不意に目が合った。 ちっちゃいおじさんは精一杯のちっちゃい営業スマイルで私を迎える。 「がんばれ。」 わたしはささやき、そっとふたを閉めた。 パシャパシャ ぽこぽこ 夜中の台所でおじさんの頑張る音が、かすかに響いていた。 2003 1/8 家に帰る途中の道で、 まだ歩き始めて間もないであろう小さな女の子とその両親が歩いていた。 女の子は外を歩くのがよほど楽しいのか、車道と歩道を行ったり来たり。 それを見て母親らしき人がしきりに注意する。 「そんなフワフワしてたら轢かれるよ!」 確かに女の子はフワフワしていた。よく見ると足が微妙に浮いている。 もちろんフワフワ少女は母親の言葉なんて聞こうともしない。 相変わらず楽しそうにフワフワ。 後ろから車が突っ込んでくるのにも気付かないほどに。 「あ・・・。」 女の子は吹っ飛ばされて、微かに「べちゃっ」という音が聞こえた。 母親がつぶやく。 「だからフワフワするなって言ったのに。」 私は横目でさっきまでフワフワ少女だったものを見る。 あたりを真っ赤に染めたそれは、確かに地面にへばりついていた。 2003 1/9 電車に乗ってたら目の前におっさんが座った。 よく見るとおっさんのおでこに何か模様のようなものが見える。 なんだろ。 おっさんに気付かれないようにそっと確認。 あ、と直感的に理解した。 再生ボタンだ。 それだけじゃない。巻き戻し、早送り、停止、録音。 一通りの操作はできるようだ。 今は動いてないみたいだけど、押したらどうなるんだろ。 押したい。 無性に押したい。とりあえず再生ボタン押したい。 そして出来ることなら録音と再生、同時押ししたい。 悶々としながら電車に揺られていると、不意におっさんの手が動いた。 押すのか? おっさんの手が上へ。私も気分が高揚してちょっと体が上へ。 押すんだろうか。押せ。いいから押せ。出来れば録音と再生、同時に押せ。 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、多分知らないだろうけど、 おっさんは頭をポリポリ掻いただけで手を下ろしてしまった。 正直ショック。 次は私の降りる駅。 おっさん降りるまで乗ってようかな。 でもやっぱやめた。学校遅れるから。 2003 1/11 授業中、ふと目を覚ますと机の上に何かの種らしき物が置かれてた。 手に取ってみると、ちょうど煎ったお米みたいに茶色い楕円形。 誰が置いたんだろ?そう思って後ろに座ってるミキにきいてみた。 「これ置いた?」 「なに?」 「これ。」 「何それ?」 知らないみたいだ。まあいいや。 それにしても授業が退屈。はぁー。 ため息ついでにピンと種をはじいた。壁に向かって一直線。 そうして壁にはじかれてコロコロ・・・と思ったけど違った。 種はそのまま壁に吸い込まれたかと思うと、 ちょうどその場所から、もこっとコケみたいな植物を生やした。 すげー。 生えてきた植物は黒に近い緑色で、 ホントにコケみたいに壁に小さな山を作ってる。 これ、使えるかも。 次の標的は当然、ハゲチャビンの担任の頭だ。 慎重に狙いを定め、眩しい光を放つ頭に向かって投げつけた。 思った通りに種は頭めがけて飛んでいき、シュッと吸い込まれた。 もこっ 成功。担任の後頭部にちっちゃいコケが生えた。場内は大爆笑。 もう眩しくない。よかったよかった。 そんなことを思っていると、コケは担任の頭でみるみる成長して、 ほんの少し後にはもう担任は担任じゃなくてコケになってしまった。 どうやら栄養が豊富すぎたみたいだ。 しまった。やってしまった。教壇にそびえ立つコケを見ながら考えた。 今日の掃除当番、誰だったっけ。 2003 1/13 部屋でくつろいでいるとベランダの方で人の気配を感じた。 3階だからそんなことはあり得ないけど、一応カーテンを開けてチェック。 人と目が合ってしまった。 ベランダにじゃなくその向こう、つまり空中にいる人と。 ほとんど裸の黒人が槍を持ってジャンプしてた。 マサイの戦士だ。 マサイの戦士はいつかテレビで見たように無表情で、 何が狙いなのかもよく分からない。 でもとりあえずジャンプしてた。 何度も何度もうちのベランダまでジャンプしてた。 言おうか。 「迷惑だから」って言っちゃえばいなくなるかも。 でも相手はマサイだ。日本語、通じるだろうか。 それより通じたときのマサイの反応の方が怖い。 何しろマサイだ。ケンカしたら絶対負ける。視力とかめちゃくちゃ高いし。 そんなこんなで悩んでいると、またマサイが飛んできた。 ふと気が付くと槍の先に何か刺さってる。 どこからどう見てもキャベツだ。 そうか。マサイの狙いはこれだ。 でも言えない。 「野菜の戦士」だなんて恥ずかしくてとてもじゃないけど言えない。 ベランダだから隣に丸聞こえだし。 ごめん、マサイの戦士。 そう思いながら静かにカーテンを閉めた。 窓の外には相変わらず人の気配がする。 寝よう。明日になればこの気持ちもどっかに飛んでってくれるさ。 ごめん、ごめんよマサイの戦士。 2003 1/14 起きたらいつもより遅い時間だった。 ヤバい。遅刻だ。目覚ましちゃんとかけといたのに。 そう思って時計を見ると、4時くらいで止まってた。電池切れだ。 ヤバい。超スピードで着替えて玄関に向かう。 お母さんがいつもと同じに 「朝ごはんは?」 ってきいてきた。答えてられない。リビングを素通りして飛び出した。 ヤバいヤバい。でもまだ間に合うかも知れない。 鞄をカチャカチャいわせながら走っていると一台の車が近づいてきた。 道聞くなら他の人にしてほしいもんだ。 けれど違った。 運転席の窓がすーっと開いて、 中から季節はずれのサングラスをかけたヒゲ面のおじさんが顔を出した。 おじさん、いきなり朝の挨拶もナシにこう言った。 「いいよーそのフォーム!!」 おじさん朝から顔が真っ赤だ。多分相当飲んでる。 っていうか、あんた誰だ。 「自分に負けるな!風に負けるな!」 なんだかよけいしんどくなってきた気がする。 なんで私が朝から酔っぱらいの相手をしなきゃいけないんだ? おじさんは私の気も知らずにまくし立てる。 「腕振って!そう!いいよ!最高!Qちゃん最高!!」 失礼な。誰がQちゃんだ。 でもなんか褒められてるみたいだ。もしかして走る才能有るのかも。 マラソンランナーにでもなろうかなー。 カチャカチャ 「それいいよ!そのリズムだQちゃん!」 2003 1/17 商店街をブラブラしてたら女子高生っぽい2人の女の子がいた。 道ばたに突っ立って何か話してる。 「あー死にたい。」 「マジで死にたいよねー。」 「でもさ、どうせならみんなのいるとこで死にたい。」 「あーそれあるある。たくさんの人に看取られてってやつ?」 かなり人生に疲れてるようだ。分かる気がする。私も学生の頃はネガティブ発言ばっかしてたし。 女子高生は相変わらず強烈な女子高生オーラを発しながら会話を続けた。 「ここってさ、いつも人多いよねー。」 「ここで死んだら目立つかな?」 「あー目立つ目立つ!いいかもね。こんなトコで死ぬのも。」 「・・・・・・死ぬ?」 「・・・・・・いっとく?」 そう言うと、かたっぽの女の子が服の中からナイフを取りだし、もう一人の女の子ののどを突き刺した。 「グゲッ」っていう声だか音だかを出しながら血が噴水のように噴き出す。 ぼてっと倒れ込んだ元女子高生を見ながら、女子高生は 「うわ・・・キショ!」 って言ってそのままどこかへ行ってしまった。 私はほっぺたに付いた血を拭い、買い忘れたホールトマトを買いにスーパーへと戻った。 2003 1/22 寒い寒い。 つぶやきながら学校からの帰り道を早足で歩いてたら道ばたに女の子がいた。 この季節にビニールシート敷いて座ってる。すごい寒そう。 近づいてみると、ビニールシートの上になんだか小さなものがいくつも並んでる。 「何してるの?」 「あ、いらっしゃい。納豆いかがですか?」 どうやら納豆を売っているようだ。 あんまり寒そうでかわいそうだったから買ってあげることにした。 「それじゃ2つ。」 「ありがと。」 「お嬢ちゃんお名前は?」 「ユミ。」 「ユミちゃんかぁ。」 ユミ。納豆屋、ユミ・・・。 「あのさ、ユミちゃん、サインもらっていいかな?」 「え?」 「おねがいっ!」 怪訝な顔をしながらもユミちゃんはノートの表紙にサインしてくれた。 明日学校で見せびらかそう。 その前に、どうやって皆をだますか考えよう。 2003 1/24 銀行に新しく口座を作りに行った。 椅子に座って待ってるとなんか退屈。 あまりにも退屈だったから、「金を出せ」って小さい声でつぶやいてみた。 そしたらなんか後ろの方でシャーって音が聞こえてきた。 振り向くと紺色の服を着た隊員っぽい人達が天井からワイヤーでぶら下がってる。 間違いない。SWATだ。〈世界まる見え!〉で見たことある。 やってしまった感は否めない。 でも小さい声だったせいか、SWAT、やたらと小さい。 よく見るとその中に1人、ひときわSWATオーラを出してる人がいた。 たぶん隊長だ。隊長は私が見てるのに気が付いたらしく、 「マズい!見つかった!逃げるぞ!」 と叫んでいそいそと天井へ帰っていく。 「逃げるのかよ!!」 ついつい大声で三村ツッコミをしてしまった。 周りから白い目で見られる私。 くそ。SWATめ。今度会ったら絶対つぶしてやる。プチッて。 2003 1/26 今日は学校が休みだったからお母さんと家でお昼ごはんを食べてた。 そしたら玄関のチャイムが鳴った。 私がインターホンで応答する。 「はい。」 「あ、すいません。昨日こちらに越してきた中川と申します。」 「お母さん、新しく引っ越してきた人みたい。」 私が言うとお母さんはちょっとめんどくさそうに立ち上がって玄関に向かった。 私もなんとなくついて行く。 玄関には私の半分くらいの背の小さい子供と、その母親が立っていた。 でもイノシシだった。 「昨日こちらの方に越してきました中川です。よろしくお願いしますブヒ。」 「あらそうなんですか。こちらこそよろしくお願いします。 何かあればなんでもおっしゃってください。」 「これ、つまらない物ですがブホ。」 「まあ、わざわざすいません。ありがとうございます。」 お母さん、イノシシ相手に普通に応対。すごい。 イノシシ親子の中川さんが帰った後、私は話を切り出した。 「お母さん、イノシシ鍋っておいしいの?」 「うん。やわらかくておいしいわよ。なかなか家じゃ食べられないけどね。」 「イノシシ鍋、食べてみたいなぁ・・・。」 「もうちょっと我慢しなさい。」 私は中川さんの子供のことを思い出し、「やっぱこの人すごい」と思った。 2003 1/28 散歩してたら何やら言い争う声が聞こえてきた。 行ってみると、見たことある白髪交じりのおじさんと中学生っぽい女の子がいた。 おじさんは女の子の腕を掴んでしきりに何か言ってる。 「やろう!な、やろう!感動するから!」 「嫌だって言ってんじゃん!」 「君、処女だろ?な?処女だろ?」 「だから何なのよ!」 「痛み無くして改革無し!!」 「うるさいよクソオヤジ!」 首相っぽいおじさんはやたらと女の子とヤリたがってた。 でもあの様子じゃ多分無理だろうなー。 そんなことを思いながら見ていたら誰かが私の肩をぽんと叩いた。 見るとそこには官房長官っぽい背の低いおじさんがいた。 そしてすかさず私に向かってこう言った。 「首相じゃありませんよ。」 「え?」 「あの首相っぽい男ですがね。」 「はぁ。」 「断じて首相ではありませんので。」 「え、でも今『痛み無くして改革無し』って。」 「いるんですよ。ああいう男が。」 そう言って官房長官っぽいおじさんはため息をつく。かなりお疲れのようだ。 その間にも首相っぽいおじさんはなおも女の子に言い寄っている。 「そうだ。うちの息子紹介するから!な?」 「嫌だって!あんな嘘っぽいやつ。」 「なんで?今乗りに乗ってるよ!?」 「いまいち乗りきれてないし!」 「息子の支持率が下がっても改革の決意はなんら揺るぎません!」 「とにかく放してよ!」 私はまた官房長官っぽい人を見る。 官房長官っぽい人はポーカーフェイスを崩すことなく私を見返した。 「首相じゃないんですか?」 「断じて。」 「今『改革の決意は』って・・・」 「困ってるんですよ。我々もね。」 「・・・。」 首相っぽいおじさんは相変わらず諦めきれないみたいだ。 でも多分無理だろうなー。 帰ろうとすると官房長官っぽい人が私を呼び止めて言った。 「今日見たことはくれぐれもご内密に。」 「はぁ。」 「もし何かきかれたらこう言ってください。『記憶にございません』と。」 「はい。」 帰りながら私は「官房長官っぽい人は官房長官だったんだろうか」って考えてた。 2003 1/30 ホームルームで来月開催の校内マラソン大会のお知らせがあった。 「男子は4キロ、女子は3キロか。やだねー。」 前の席に座ってるユイに話しかけた。 「3キロも走ったら死ぬね。間違いなく。」 「何でマラソンなんかやるんだろ。」 「教師が私たちの苦しんでる顔見て優越感感じるためでしょ。」 「なるほどねー。くそ。教師め。」 「くそ。教師め。」 そう言って2人で笑ってたら教室の端の方からひときわどんよりした空気を感じた。 なんだろうと思って見てみると、馬の近藤君が絶望的な表情で上向いてた。 近藤君、今にもいななきそうだ。 ホームルームが終わってから近藤君に声をかけた。 「マラソン嫌いなの?」 近藤君、ちょっと涙目で答える。 「めっちゃ嫌い。」 「あんた走るの得意じゃん。馬だし。」 「分かってない。分かってないよ君は・・・。」 「何が?」 「俺、マイラーなんだよね。」 「マイラー?」 「距離。長すぎんだよ4キロって。」 「ほう。」 「しかも走るの川の河川敷でしょ?」 「うん。」 「俺、芝じゃないとうまく走れないんだよね。」 「そんなもんなの?」 「そんなもんだよ。馬なんてさ。」 近藤君はため息をついて何度も「馬場がなぁ・・・」ってつぶやいてた。 専門用語は私にはよく分からなかった。 |