2003 2/1
昼休みに廊下を歩いてたら向こうの方から隣のクラスの阿部君が歩いてきた。
阿部君はなんだか驚いた様子で私に話しかけてきた。
「あれ?お前さっき図書室で本読んでなかった?」

まただ。もう今日3回目。
どうやら私の知らない私が色んなところで出没してるらしい。

「いや、図書室行ってないよ。」
そう言うなり私は図書室めがけて走り出す。
まだ私の知らない私がいるかもしれない。


図書室の扉をガラッと開けて見回すと、意外にも簡単に私を見つけた。
そっくりそのまま私だ。やっぱりかわいい。でもなんか変な気分だ。

私の知らない私は相変わらず本に熱中してる。
私は彼女の座ってる席へと向かい、思い切って話しかけてみた。
「あのさー。」

私の知らない私が顔を上げた。
「あ、ども。」

「ども。」

「何か用?」

何か用?って。普通すぎる。
でもそういや私、何の用があったんだろ。

「えと、とくに用ってわけじゃないんだけど・・・」

「うん。」

「あなたってドッペルゲンガーってやつ?」

「そうだよ。」

普通すぎる。普通すぎるよドッペルゲンガー。
なんだその「そうですが何か?」みたいな顔は。
こんなときってどうしたらいいんだろ。だめだ。処置できない。

「ドッペルゲンガーってさ、会ったら死んじゃうの?」
違うだろ私。そんなこときくために来たんじゃないだろ。
でもいい機会だからきいとこう。

「ああ。あれ迷信だから気にしない方がいいよ。」

「そうなんだ。」

「そう。」

「・・・三国志、面白い?」

「最高。」

「誰が好き?」

「孫策。」

ちょっとだけズレた好みまで私そっくりだ。

昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
私の知らない私はそんなことにはお構いなく、また本に目を落とす。




2003 2/3
私の家の隣には新婚の体育会系夫婦が住んでる。
テレビを見ながら朝食を食べているといつものように夫婦の声が聞こえてきた。
テレビを消して様子をうかがう。


「だめッス!俺だめッス!」

「何がッスか?」

「俺食えないッス!これ食えないッス!」

「私の料理だめッスか!?」

「全体としては良いッス!よくまとめた感じッス!」

「じゃ何がだめなんスか!?」

「・・・卵はやっぱり半熟ッスー!!」

そう言うとバタンと扉を開けて1人が外へ出て行った。
多分走るんだろう。走って走って、嫌なこと全部吹き飛ばすんだ。


「ちょっと今のフレーズいいな」と自分に感心しながらテレビの電源を入れた。




2003 2/4
もう2月4日だってのに、買い物から帰ってきたら鬼がこたつでくつろいでた。
しかもベタベタな赤鬼だ。
私に気が付くと鬼は立ち上がった。やっぱりデカい。でもなんか元気が無い。

「初めまして。鬼です。」

「あ、初めまして。」

「1日遅れの鬼です。」

「はぁ。」

遅れてきたことを相当気に病んでるみたいだ。
しょうがないから慰めてやろう。
「あの、別に気にしなくていいですよ。遅れたことなんて。」

「そうすか?」

「私なんか豆も買ってないし。」

しまった。つい言ってしまった。
鬼はその言葉にショックを受けたようで、デカい頭をうなだれてこたつに入る。
そして、
「最近は誰も本気で追い出してくれないんですよね・・・。」
と言ってみかんをむきはじめた。

「あ、今お茶出しますから。」
そう言って私は台所へ行き、やかんに水を入れる。

大豆、どっかに無かったかなぁ。




2003 2/5
今日は私の誕生日だった。
お母さんが喫茶店を経営してるユキコが誕生パーティーを開いてくれた。
もちろん喫茶店貸し切り。気持ちいい。

プレゼントをもらうのも私だけ。気持ちいい。
最後は主催者のユキコからのプレゼントだ。
ユキコは少し大きめの箱を私に手渡して言った。
「おめでと。」

「ありがと。開けていい?」

「いや、まだ開けない方がいいんじゃないかな。」

ユキコがそう言った瞬間、箱の中の何かがガサガサっと動いた気がした。
ユキコはそれをちらっと見てつぶやく。
「日光に弱いから。」

「え?」
生き物だろうか。そんなことを思っている間にも箱の中のものは動き回る。

ガサガサ・・・



シュワッチ!!



「・・・今、何か聞こえた?」
私の言葉に周りのみんなは微妙な反応。
ユキコだけは平然としてる。

「あ、そうそう。箱から出したらエサは3分おきにね。」

「そんなに食うの?」

「心配無いよ。箱から出したときだけだから。」

「ふぅーん・・・」

ガサガサ・・・



ディヤァッ!!



「これって危険な生き物じゃないよね?」ってきこうとしたけどできなかった。
ユキコはとても満足した様子でケーキを切り分ける。

そろそろ日が暮れようとしていた。




2003 2/7
私の家に釣り師が来て3日が経った。
相変わらずベランダから釣り糸を垂らしてじっとしてる。
煙草をぷかぷか吹かしながら、微動だにせず何かを釣ってる。
何を狙ってるのかは釣り師しか知らない。
尋ねようとしたけど「しゃべるな」って言われたから分からない。
そこら辺、徹底してる。さすが釣り師だ。


「あーくそっ!」
釣り師が悔しそうに言う。エサが取られたみたいだ。
釣り師が私の方を振り向く。私は黙ってそーっとエビマヨおにぎりを彼に手渡す。
彼は半分だけおにぎりを食べて、そうして残った半分を針に刺し、
そうしてまたベランダから釣り糸を垂らす。

私はじっと我慢する。
「あんたが食べなきゃ2回釣れるじゃん。」って言いたいのをじっと我慢する。
釣りにおしゃべりは禁物だから。

それにしても、ホントに何が釣れるんだろ?
心の中で釣り師に問いかけるけど、返ってくるのはやっぱり沈黙だけ。

釣り師は煙草をぷかぷか吹かしながら、大きな背中をブルッと震わせた。
今日のご飯は何かあったかいものを作ろう。そう思った。




2003 2/9
起きたらいつもよりちょっと余計に寒かった。
でも今日は用事があるし、しょうがないから震えながらベッドから這い出る。
「寒いっス・・・」
誰に言うでもなくつぶやいた。それくらい寒い。

でもいくら寒くてもお腹は空く。私はトントン階段を下りてリビングへ行った。
リビングはしーんとしていて、
休日は家にいるはずのお父さんも、あるはずの食事も無い。
お父さんはどうでもいいけど、食事が無いのはイヤだ。
そう思って台所に行ってみると、お母さん凍ってた。かちんかちんに。

オブジェとしては悪くない。でも食事が無いのはイヤだ。
私はお湯を沸かし、熱湯をお母さんの頭からかけてみた。

ジョボジョボ・・・

一瞬氷が溶けたように見えたけど、想像以上に氷は冷たいらしく、
お湯の方が床にたどり着く前に凍ってしまう。
どう見ても事態は悪化してた。

こうなったらレンジしかないか。
いや、レンジはいくら何でもヤバい。爆発とかされたらシャレにならない。
掃除が大変そうだ。色んな意味で。


「いつもより余計に凍っております。」
私はそう言ってお母さんの解凍を諦め、小銭を持ってコンビニへと向かった。
雪がちらほらと降り始めていた。




2003 2/12
朝起きたら、ベッドの脇からトンカントンカンと音がしてた。
体を半分だけ起こして見てみると、小人が国つくってた。
もうそろそろ電車とか走りそうな勢いだ。すごい早さで小人の建国が進んでる。

「コラー!急げー!あと15時間しかねーぞ!」
声がしたのでよく見ると親方っぽいひげを生やしたおっさんがわめいてた。
はっきり言ってうるさい。しかも休日なのに。
私は親方の方を見ながら苦情を訴える。

「親方ー、ちょいうるさいんですけど。」
言われた親方はすごく迷惑そうな顔をしてこっちを向く。
でもその瞬間、目を丸くして叫んだ。

「・・・デカッ!!」

そりゃあんた達に比べたら大きい。
「あのー、うるさいんですけど。」

「さ、作業の邪魔だ!このゴジラ!」

私は大リーガーか。
というかどこでゴジラを知ったのか疑問だ。
いや、それよりも何よりもゴジラって呼ばれたこと自体が腹立つ。

ふと見てみると、作業をしてた他の小人達も私のことを見上げてゴジラゴジラ・・・。
いい加減ムカついた私はベッドからゆっくりと降り、
小人の国の中でもちょっと重要そうな立派な建物を指ではじいた。
カラカラと音を立てて建物が崩れていく。

「ああッ!裁判所がー!」

小人達は大騒ぎで建物の残骸の方へ駆け出す。
余計にうるさくなってしまった。

小人の裁判所かぁ・・・。裁かれるのかなー私。
さすがにちょっと怖くなって、私はそーっと部屋を出た。




2003 2/14
今日はバレンタインデー。
私は昨日の夜から冷やしておいた手作りチョコを取り出そうと、冷蔵庫を開けた。

ちっちゃいお父さんが、トレイの上にあぐらをかいて座ってた。
チョコのかけらがそこら辺に散らばってる。

「あ・・・」

「おう。おはよう。」
お父さんは口のまわりをペロリと舐め回した。
なんだその「今食い終わりました」な顔は。

「うまかったぞ。」
それだけ言うと冷蔵庫からぴょんと飛び降り、
お父さんはいつものように会社に出かけようとする。

「お父さん、ちっちゃいままだよ。」
私が注意すると、玄関の方から「あ、忘れてた。」と声が聞こえた。




2003 2/17
友達のアヤと電話してたら、サラサラという音が聞こえてきた。
振り向くと後ろに速記者がいた。
存在感が全く無い。多分プロだ。
速記者は無表情で私の言葉を一つ残らず紙に書き写していく。

「どうかした?」
アヤがきいてきた。ちょっと驚きで黙ってしまった。不覚。

「いや、なんでもないよ。」
サラサラ

「大丈夫?」

「うん。」
サラサラ

存在感は無いけど一度見てしまうとやたらと気になる。

「それで彼ったらさー。」
アヤはバレンタインデーでの告白に成功して彼氏が出来た。
でも今の私にはあまり興味ある話題じゃない。
それよりも速記者だ。

私の言葉を一字一句書き漏らさないと言うならこれはどうだ?

「ハックシュン!」
サラッ

できる。やっぱプロは一味違う。


「風邪?」

「あ、いや、なんでもないよ。」

「それでさ、彼ったらあれから毎日家まで迎えに来てくれるのー。」

「ハックシュン!チュパカブラ。」
サラサラ

「え?」

「ん?」
サラッ

「チュパ何?」

「知らない?南米に住んでる動物。」
サラサラ

「いや・・・」

「血吸うんだって。」
サラサラ

「へえ・・・。」


くそ。チュパカブラが通じないとは。ならばこれはどうだ?

「ハックシュン!チュパカブラ。おえっおえっチュパカブラチュパカブラス!」
サラサラ・・・

書き終わって速記者はふふっと笑って、長い髪をかき上げた。
勝負に負けたばかりか電話も切られてしまった私はがくりと肩を落とし、
「参りました。」と頭を下げるしかなかった。




2003 2/19
いつものように会社へ行く用意をしていると、
ガレージの方からガガガガッ!とすごい音が聞こえてきた。
ガレージに見に行くと、赤い服の人たちがタイヤ交換の練習をしてた。
多分F1のピットクルーだ。

ガガガガッ!ガガガガッ!

「4秒2。」
チーフらしき人がタイムを計っている。
それにしても速い。なんだ4秒2って。

もしかしてと思って人の間から車をのぞき込むと、
愛しのマークUはフェラーリのF1マシンに化けていた。


無理。絶対無理。


かなりの勢いでビビッてる私を見つけたチーフが、低い声で話しかけてきた。
「大丈夫ですよ。セットアップは完璧です。」

そういう問題じゃない。
むしろ、これから時速300キロで走らなきゃいけない私を心配しろ。

ガガガガッ!ガガガガッ!

相変わらずけたたましい音を立ててタイヤ交換の練習は続く。
私はそーっと部屋に戻り、いつもよりゆっくりと朝食を食べた。




2003 2/20
屋上で授業をサボっていると同じクラスの奥村が来た。

「腹減ったな。」
奥村はそう言ってグラウンドを見つめる。
私は「うん。」と言ってグラウンドを見つめる。

「腹減ったな。」
「うん。」

じっとグラウンドを見つめてた奥村が自分の後頭部をコンと叩いた。
ぽこんと左の眼球が外れて、奥村はそれをつるりと吸い込む。

「目、大丈夫なの?」
私がきくと奥村は平然と答えた。

「すぐ元に戻るから。」

私は「ふーん。」と言って、またグラウンドを見つめる。
奥村は「腹減ったな。」と言って、片眼でグラウンドを見つめる。




2003 2/22
朝起きたら豚になってた。
豚だから多分部活に行かなくてもいい。ラッキー。

でも一日暇そうだ。外に出られない。
親の前に出て行くわけにもいかない。襲われたらシャレにならないし。
もしそうなったら新聞に載るだろうか。
「45歳主婦、娘さばく」
かなり嫌だ。あり得るところが嫌だ。

何とかして親との接触を避けなければいけないんだけど、
当然親は私が今日も部活だってことを知ってる。
起きてこない私に気付いたらこっちに来るに違いない。

でもまだ可能性はある。
もし普通に喋ることができれば休ませてくれるはずだ。
なんせ娘が豚になってんだから。
そう考えて恐る恐る声を出してみた。
「ブヒ。」


喋るのがだめなら書いてみよう。
「私、娘です。只今豚になっております。」
こう書いて見せたら親も納得してくれるはずだ。
なんせ豚だ。納得させればこっちのもの。

苦労してイスに座った私は近くにあったシャーペンを手に取ろうとする。
でもうまくつかめない。
やっと両手でシャーペンを持って、豚も楽じゃないって思った。
明日は人間がいい。




2003 2/24
今日の晩ご飯はお寿司だった。
でも今日はちょっと嫌な雰囲気だ。あまり会話が弾まない。
それもこれも、目の前に寝そべってるカッパが悪い。

なんでお母さん、カッパなんて出したんだろう。
皆そう思ってるんだろうけど、空気が悪すぎてなかなか言い出せない。
ちらちらお互いの顔色をうかがいながらお寿司を食べる。
カチャカチャと食器の音だけが食卓を支配していた。



「巻けや。」

いきなりカッパがしゃべった。一瞬空気が凍る。
どうやら寝言らしく、カッパはやっぱりスヤスヤ眠っている。

雰囲気に耐えられなくなったのか、お父さんがお母さんに話しかけた。
「あー、母さん。」

「何?」

「えっと、俺の小遣い・・・」

「無理よ。」

カチャカチャ カチャカチャ


違うだろ。
カッパだろ今は。
そりゃ小遣いも増えないよ。

私は憤りを感じながらもひたすらお寿司を食べる。
カッパはふぁーっと大きなあくびをした。




2003 2/26
スーパーで買った物を袋に詰めていると、
一組の親子が帰ろうとしているのが見えた。
母親が苛立たしそうに「早く来なさい」と子供の手を引いている。
でも子供の方は何か買ってほしい物でもあるのか「やだ」と言ってきかない。

「早く来なさい。」
「やだ。」
「早く!」
「やだ!」


しばらくそんなやりとりが続いていたんだけど、
母親が暴れる子供をひょいっと持ち上げると子供は急におとなしくなって、
母親の肩越しに私の方を見て言った。

「おばさん。」

「え、私?」

「誘拐です。」

「・・・」

「誘拐犯がいます。」

「・・・」

「今まさに誘拐事件が起ころうとしています。」

「・・・」

「捕まえてください。」


私はおばさんではないので、途中から聞こえないふりをした。
子供は何度も「誘拐です」と言いながら出口の方へ消えていった。




2003 2/28
今日、お父さんが東急ハンズで安打製造器を買ってきた。
私にはただのボタンが付いた箱にしか見えないけど、安打製造器らしい。
お父さんは早速ボタンをぽちりと押す。

カーン

わーわー




「終わり?」と言いそうになったけど、お父さんを見るとちょっと涙ぐんでた。

「お父さん?」

「・・・いい安打だ・・・。」

「え?」

「最高の安打だ。なあ?」

私にきくな。
でも「は?」とか言ったら怒られるかも。
と言うか今の状態なら親子の縁まで切られかねない。
それはさすがに避けたい。

「そ、そうだね。」

私はそう言って自分の部屋に戻る。
しばらく「カーン」という音は続いて、それからぱったりと止んだ。