2003 3/2
朝、起きてリビングに行ったら人がたくさん座ってた。
しかもみんな外人だ。
真剣な顔で何やら話し合っている。ちょっと興味が沸いたから盗み聞きしてみた。

「だから、俺はやるって。」
「いやいや。それはアカンやろグーテンモーゲン。」
「お前いつもやりすぎシルブプレ。」
「俺は一人でもイラク潰すよ。」
「だからさー…」


安保理だ。
今まさにこの家のリビングで安保理が開かれていた。
これにはさすがにびびった。
なおも話し合いは続く。

「お前石油欲しいだけちゃうのオリバー・カーン。」
「非常任理事国は黙ってろ。」
「う…」

ドイツ、痛いところをつかれたようだ。ちょっと涙目になってる。

少しの沈黙の後、中国が身を乗り出した。何か言うのか?
まともに喋ってたのがアメリカとドイツだけだったから、私は期待に胸躍らせた。
さあ、発言しろ中国。アジアの誇りを見せてくれ。

「あのさぁ。」
「なに?」
「なんや?アウシュビッツ」
「どうした?凱旋門」

「…酢豚、まだ?」


食事かよ。食事かよ!

私が必死にツッコんでいると、キッチンの方から声がした。
「もうちょっと待ってって言ってんでしょ!今ピロシキ揚げてんだから!」

お母さんだ。しかも相当いきり立ってる声だ。
そして強い。会場が一瞬で静まりかえった。
その後、小さく「はい」って声が聞こえた。
中国だ。必要以上にビビッてしまっている。
お母さんすごい。常任理事国相手に。

どっちにしても、この調子じゃ朝ご飯は期待できそうになかった。

「私はお母さんの味方でーす。」
そう言って私は朝食を買いに玄関へと向かった。




2003 3/4
放課後、いつものようにバスケ部の部室に行ったら2年の緑川先輩がいた。
先輩は部活のときいつも元気が無い。

「お疲れ様です。」
「あ、お疲れ…。」
「先輩、疲れてますね。」
「いつもね。」
「はい。」

今日はこの時期にしては珍しく雪が降った。
だからだろうか。先輩はいつにも増して元気が無いように見える。

「先輩、なんかヤなことでもあったんですか?」
「今日は特にね。」
「はぁ。」
「雪、降ってるでしょ?」
「はい。」
「…光合成…」
「何すか。」
「いや、何でもないよ。」
「…。」
「まあ、私の問題だから。」

そう言って緑川先輩は大きなため息をついた。
「私、バスケ向いてないのかもね。」
「え?」
「だってさ、バスケって室内でやるスポーツじゃん。」
「そうですね。」
「向いてないよ。」

確かに。と思ったけど、緑川先輩にバスケ部をやめて欲しくなかったから黙ってた。
今日も少しだけ、部室の空気はきれいだった。




2003 3/6
洗濯物を干そうとして洗濯機を開けたら、洗濯物と一緒におばあさんが入ってた。
しわしわだった。
おばあさんは私に気がつくとしわがれた声で言った。
「ここで問題。」

そんなことしてる場合か?
でも相手はおばあさんだ。お年寄りは大事にしよう。
そう思って問題を待った。

でもおばあさんは口をもごもごさせているだけで、次の言葉がなかなか出てこない。
どうやら問題を忘れてしまったようだ。
多分「ワシがしわしわなのはなぜでしょう?」と言いたかったんだろう。
そしてお年寄りに優しい私は「洗濯されたから。」と答える。
おばあさん、勝利の美酒に酔いしれる。
そして「最近の若いもんは…」と説教する。

ああ、おばあさんの壮大な計画が成就するまであと一息なのに、
おばあさんはやっぱり口をもごもごさせて空を見上げている。
そんなおばあさんが少しかわいそうで、私は洗濯機のふたをぱたんと閉めた。
もう一回だけ、チャンスをあげよう。




2003 3/8
歩いていると道ばたに病院のベッドが置いてあった。
ベッドにはパジャマを着た小さな少年が点滴をしながら本を読んでいる。
近づいていくと少年は本から目を上げ、私に向かって話しかけてきた。

「おじさんはにゅういんしたことありますか?」
「ああ。あるよ。」

私は答えながら自分の小学校時代を思い出していた。
「すっごく暇で、いつも本を読んでた。」
「今の僕と同じようにですか?」
「そっくりだよ。」
そう言って私は笑った。
少年も笑いながら言った。
「おじさんみたいにはなりたくないなぁ。」

自分の子供と話すことがほとんど無くなっていた私は、
この機会を逃すまいと、その少年と長い間語り合った。
やがてどこからともなく看護婦が現れ、何やら少年に語りかけるとベッドを押して
歩き始めた。
その姿を見送りながら、私は少年に言った。
「私のようになりたくなかったら勉強することだ。」
「えー?やだなぁ。」

カラカラと音を立ててベッドが進んでいく。
名残惜しくはなかった。
家に帰り、古いアルバムを開けば、またあの少年に会えるはずだった。




2003 3/10
授業中、黒板の文字をノートに書いているとかすかに声が聞こえてきた。

「あっそこ…いい…」

どう考えても机から聞こえてくる声だった。
気持ちよさそうだったからもう一回同じ所をなぞってみた。

「ええわー。あんた、なかなか上手やないの…」

どう上手なのか分からないけど褒められるのは嬉しい。
「そんな上手っすか?」
「かなりのレベルいってる思うわ。」
「へー。」
「京都やったら若い子の中で一番や。」
「ほう。京都にそんな文化が。」
「あるんやで。あんまり知られてへんけどな。」

その文化、興味ある。歴史とか。授業どころじゃない。
いろいろ聞き出そうと、ちょっと違うところに「満」って書いてみた。

「そこはまだ早いで。」

怒られた。




2003 3/12
昼休み、タバコを吸ってたら煙から魔人が出てきた。
でも煙が少ないせいか、やたらとほっそりして弱そうだった。

「ご主人様〜。」
今にも死にそうだ。顔色も悪い。
だけど魔人だったら願い事をきいてくれると相場が決まってる。
私は少しわくわくしながら、それを顔に出さないよう答えた。
「何か用?」
「願い事…」
「…」

どうやら息切れしてしまったようだ。
しょうがないからいっぱいに息を吸って魔人に吹きかけてやった。

「ああっ、ありがとうございます〜…」
「で、何の用なの?」
「では、できるだけニュースを。」
「いらねえよ。」
「ではですね、最新の801小節の朗読など。」
「間に合ってるから。」
「そうですかぁ。」
「願い事はどこ行ったの?」
「あ、そうそう。それですぅ。」
「まったく…。」
「願い事は…」
「…」



ムカついたから思いっきりタバコを灰皿にこすりつけてやった。
消える瞬間、魔人の顔が安らかだったことにまた腹が立った。




2003 3/13
会社に行くとサラサラという音が扉の向こうから聞こえてきた。
雨宿(あまやどり)課長だ。

雨宿課長は誰かに怒られると凹んで、頭の上から雨が降ってくる。
止めようと思ってもなかなか難しいらしい。
こっちとしても止めて欲しいとは思うけど無理も言えない。


「おはよう。」
扉の前で立ち止まっていると同僚の水村が後ろから声をかけてきた。
「ああ。おはよう。」
「なに、また?」
「また。」

サラサラ サラサラ  雨はなかなか止まない。

「結構降ってる?」
「今日は多い。いつもより。」
「1日降りそうか?」
「このぶんだと降るね。」
「そっか…。」

サラサラ サラサラ

「…今日は休みということで。」
「そういうことで。」

そう言って私達は会社を出た。
外は晴れていて気持ち良かった。




2003 3/14    (オールアバウトニゴ 二号様へ捧ぐ)
道を歩いてたら緑色の着ぐるみを着た女の人が歩いてきた。
あまりにも寂しそうに歩いていたから声をかけてみた。

「あの…」
「はい。」
「寂しそうですね。」
「はい。」
「何かあったんですか?」
「今日って確かホワイトデーですよね?」
「ああ。そうですね。」
「私、誕生日なんですよ。」
「そうなんですか。」

女の人はさらに寂しそうな顔になった。泣きそうだ。
それから彼女は鞄をごそごそやって何かを取り出した。
「ちょっとこれかけてもらえますか?」

眼鏡だった。


「あ、はい。」
私はちょっと不思議に思いながら眼鏡をかける。
その顔を見た彼女は「ちょっと違うなー。」と言って私から眼鏡を取り上げた。

「ちょっと違うなー。」
そう言いながら去っていく彼女の背中は、やっぱり緑色だった。




2003 3/16
新しく出来た雑貨屋さんを探してたら道に迷ってしまった。
ちょうどすぐそこに交番があったから道を訊こうと思って入ってみた。

「おや、どうされました?」

もしお巡りさんが犬だったらどうしようと思ったけど、人間だったから少し安心した。
「あの、ここに行きたいんですが。」
そう言って私は店の住所を書いた紙をお巡りさんに渡す。

「ほうほう。」
お巡りさんは紙を受け取ってじっと見てた。でもなんか分からなさそうだ。
「この住所ってここら辺?」
「あー、そう思って来てみたんですけど…。」
「ふーむ…」

交番に静寂が流れた。

「あ、じゃ他の人に訊きます。」と私が言おうとして紙に手を伸ばしたとき、
交番の戸がガラッと開いた。

「おう。帰ってきたか西村。ちょっとこの紙見てくれるか?」
「バウ。」

そう来たか。


お巡りさんと、無駄に図体のデカい犬のお巡りさんは2人して紙を覗き込む。
「こんな住所聞いたことあるか?」
「ワウ。」
「知らねえよなぁ。」
「クーン。」
「そもそもここって何市だ?」
「ワン ワン ワワーン。」

交番を出て車に乗ろうとすると、中から「クウーン」と切ない鳴き声が聞こえた。




2003 3/17
駅のホームで電車を待っていたらゴミ箱の中で何かがごそごそ動いてた。
そーっと覗き込んでみると、空き缶を入れる穴からウサギの耳がぴょこっと出てた。

私の気配に気付いたのか、ウサギはそろそろとゴミ箱から顔を出してきて、
赤い目をぱちぱちさせながらしゃべった。
「お持ち帰りですか?」

周りを見たけど近くには誰もいない。どうやら私に向かって話してるみたいだ。

「お持ち帰りですか?」
「え?」
「アタシをお持ち帰りですか?」
「いや、別に…」
「そうですか。」

そう言ってウサギはゴミ箱に戻ると、しばらくカチャカチャやってまた顔を出した。
耳に空き缶がはまってた。

「今度こそお持ち帰りですか?」
「いや、あの…」
「そうですか。」

またゴミ箱に戻って、カチャカチャ。

「いかがですか?」
「いや、缶の問題じゃないから。別にお茶が嫌いなわけじゃないから。」
「なるほど。」

なるほどじゃねーよ。


ウサギはまたゴミ箱でなんかカチャカチャやってた。なかなか出てこない。
次は何をするのかちょっと興味あったけど、電車が来たからそれに乗って帰った。




2003 3/19
一週間ぶりに中島君が部活に顔を出した。
「おはよう。」
「あ、中島君。おはよう。」
「あー、なんか久しぶりだなー。」

そう言う彼は少し前より痩せてた。

「何してたの?一週間も。」
「うん。ちょっと宇宙人にさらわれてた。」
「はい?」
「で、地球の外にいた。」

なんだか電波な臭いがぷんぷんする。
中島君はジャージに着替えながらときどき空を見上げた。

「結構面白かったよ。」
「地球の外で何してたの?」
「麻雀。」
「麻雀?」
「地球見ながら。」

彼は着替えを終えて靴を履くと、誰よりも早くグラウンドへ飛び出した。
「あのときリーチしてりゃなー。」

そう言ってちょっと悔しそうに空を見上げる彼は、少し前より痩せてた。




2003 3/21
電車に乗ってたら横でおばさんが何か探し物をしてた。
鞄をごそごそ。でもなかなか見つからないようだ。
おばさんは諦めた様子でハァとため息をついた。

そのとき、がらりと車両のドアが開いて男の人が入ってきた。
男の人は少し涙ぐみながらおばさんの方へ歩いてきて言った。
「我々スタッフ、懸命に探しました。」

おばさんはびっくりして声も出ない。
男の人はそんなおばさんになおも話しかける。

「そしてね、見つけました。あなたの息子さん、今は某企業で誰彼構わずメールを送りつける仕事をなさってます。」

それを聞いたおばさんの顔色が変わった。
「おお…ケンジ…ケンジが…生きて…」
「生きておられますよ。しっかりとね。」
「メールを…」
「誰彼構わずね。」

男の人は相変わらず涙目でおばさんの肩をぽんぽん叩いた。

「で、ケンジは…」
「スタッフがお願いして、今日なんとここに来られてます!」
「ケンジー!!」

おばさんが叫ぶとまた車両のドアが開き、若い男の人がゆっくりと歩いて来た。
ケンジっぽい。
まわりの乗客もみんなケンジさんを見て涙ぐむ。

「ああケンジ。ケンジなの?」
「お母さん…今まで連絡もせずにいなくなってごめん!」
「いいの。いいのよケンジ!」

ケンジさんとおばさんはそう言って抱き合う。車内は拍手喝采。
男の人は目をハンカチで押さえながら「よかったですねー」を繰り返してた。

私も一応拍手を送りながら、おばさんはホントは何を探してたんだろうと思った。




2003 3/24
川の河川敷で犬を散歩させていると、おじいさんが座って絵を描いていた。
そのおじいさんは一ヶ月くらい前から毎日同じ所に座ってる。
いろんな色の絵の具を持ってきてはいるけど黒しか使わない。
ちょっと変わったおじいさんは近所の有名人だった。

私はおじいさんの横に座ってちらりと絵を見てみた。
白黒のスケッチにはなぜか飛行機がたくさん飛んでる。


おじいさんはもう出来上がりに見える絵にまた飛行機を1つ書いて背伸びをした。
それからやっと私に気がついて、少し笑った。

「ここは緑が多い。」
「はぁ。」
「水は少し汚いが。」
「そうですね。」

「お嬢さん、この絵がなぜ白黒なのか分かるかい?」
「いえ。」
「昔はこんな色じゃった。ここも、ヒロシマも。」
「ああ。戦争ですか。」
「友人の半分は死んだ。」

そう言うとおじいさんは今までとは違う色の絵の具を取り出した。

「これはな、わしのささやかな願いじゃ。」
「願い…」
「世界のどこかでは今もこんな色の場所がある。それは無くなることはない。」
「…」
「だからわしは、せめてこの絵に色を付けるのじゃ。」


おじいさんは取り出した絵の具を水で溶いて、それから乱暴に筆を振った。

パシャッ パシャッ パシャッ

みるみるうちに大きな斑点がスケッチに浮かび上がる。
ああ、そういえば、もうすぐ桜の季節だ。




2003 3/25
道を歩いてたらボートに乗った2人組がいた。
大会か何かの練習だろうかと思ったけど違った。
2人は一生懸命道路の上でボートを漕ぎながら、やたらとデカい声でわめく。

「キャプテーン!」
「なんだー!?」
「今日も荒れてますね!」
「おう!大荒れだ!」
「すげー波っス!」
「これがたまんねーんだよなー!」

本気だった。
練習でも何でもなく、本気でボート漕いでた。

私は全然進まないボートを余裕で追い抜く。
それでも2人は汗だくになってアスファルトをガリガリやってた。

「キャプテン!すげー速い奴がいますよ!」
「人は人だ!先は長い!俺らはマイペースで行くぞー!」
「キャプテン!」
「なんだー!?」
「ゴールってどこですかー!?」
「…気にするなー!」
「はいー!」


私は少し歩いて、そこの塀に「ゴール」って書いた紙を貼った。
空は快晴だった。




2003 3/30
私の街に1本だけある八重子桜の花が1つだけ咲いた。
買い物の帰りにそれを見つけた私は一年振りの挨拶をする。

「こんにちは。八重子さん。」
「あら、こんにちは。お久しぶりね。」
「お久しぶりです。」
「アメリカがまた戦争始めちゃったんだって?」
「あ、知ってました?」
「聞いたわよ。つぼみの中で。」
「聞こえるもんなんですね。」
「意外とね。」

推定年齢200歳の八重子さんは相変わらず地獄耳だ。


私はつぼみを何となく眺めながら、この桜が満開になったときのことを思い出した。

八重子桜が満開になると、当然のことながら八重子さんが咲き乱れる。
かなりシュールな光景だから誰も八重子さんの方を振り向けない。
そして八重子さんが散るときにはさらにもの凄いことになる。
はっきり言って惨劇だ。
でも八重子さん、いい人だから誰も切れって言えない。


「八重子さん。」
「なに?」
「今年のつぼみはどれくらいですか?」
「1000はあるわね。」
「…」
「確実に。」


推定年齢200歳の八重子さんは今年も元気そうだ。
私は複雑な気持ちを抱えて、帰り道をゆっくり歩いた。